Create the new from Kyoto.The new is your mind
2002年。「のぞみ」という名の学生ベンチャーの始まりは、北
白川のマンションの一室だった。世に言う就職氷河期と、先行き不
透明な日本に未来の見えない京大や同志社の大学生たちが日夜集い、
編集者の真似事をして、あの店が美味しいとか、この店の服がカッ
コいいというような雑誌原稿を書いていた。机も椅子も知人のベン
チャー企業から安価でもらい受けたり、道端に捨ててあるようなも
のを拾って来たりして磨いた。安価で真面目に取材をする大学生チ
ームに、東京や大阪の出版社は喜んで仕事を発注してくれた。僕ら
はそれまで時間をお金に変えるようなチープな「アルバイト」しか
してこなかったから、取材をして原稿を書くことで、様々な人に喜
んでもらえ、その上お金までもらえるという「本当の仕事」に初め
ての充実感を得た。自分が世の中の歯車になれたという実感があっ
たのだ。貧乏だったが熱気があった。

僕は編集者として街を歩き、ラーメンを1日に8杯食べるといった無
茶な取材をしながら一つのことに驚いていた。有名大学に通い、将
来安泰かに見える若者の多くが、「希望」を見つけられずに鬱々と
していること。しかし世の中とつながる環境さえ見つかれば、目の
色が変わってくるということに。高度経済成長の時代のようにどこ
にでも希望が転がっている時代は終わり、自分なりに色んなところ
に首を突っ込んで、色んな人と絡んで、やっと希望を見つける時代
に変わったのだろう。知り合いのベンチャーの事務所をのぞいても、
睡眠不足で目を真っ赤にしつつも「自分の居場所を見つけた」とい
うような手応えを感じ、楽しそうに仕事をしている者が多かった。
与えられるものではなく、自分の足で探し当てたものにこそ、本当
の納得と満足があるのだと知った。

僕は卒業しても就職難なら自分で起業した方が早いと「自立」のた
めに会社を作ったものの、創業当初は当然のことながら生き延びる
のに必死で、減る一方の預金残高を眺めて毎夜ため息をつくばかり
だった。しかし仕事が増えてくると周りを見渡す余裕ができ、起業
というのは社会の中で自分や自分の会社の存在意義を見つける物語
なのだと考えるようになった。何でもできるという万能感を捨て、
自らがどんな形の歯車で一体何の役に立つのかを考え始めると、や
るべきことが見え、仕事が段違いに楽しくなってきた。以来、自分
が最も得意な「企画する」「取材して書く」という仕事に専念し、
会社内外のスタッフを巻き込みながら、雑誌や広告、会社概要から
パンフレット、ウェブサイトやケータイサイトなどあらゆる編集物
の企画と制作をしてきた。ふとしたアイデアから1億円を超えるヒ
ット商品が飛び出したこともある。

その過程で、人生観や仕事観に最も大きな影響を与えたのは、やは
り京都の街場の取材だった。「努力すれば何とかなるなんてウソな
んや」と言い放った老舗料亭のご主人。「どんな回り道に見えても、
結局は螺旋階段や。上には上がってる」と語る本屋のご主人。繁盛
店になった今でも毎朝4時に起きて現場に立ち、日曜日も欠かさず
出勤する豆腐屋のご主人など、取材ごとに感嘆と、勉強の連続だっ
た。「商売やるってことは、自分で責任を持つということ。不況や
とかデフレやとか、言い訳する奴は商売人やない」「続けることや。
続けて初めて認められる世界がある」・・・。そんな名言を聞くごと
に、京都の商売のやり方は「目標を立てて、そこに至る最短の道を
探る」というMBA的なアプローチではなく、「良質のものづくりに
専念し、目の前の努力を黙々と積み重ねた結果として会社が大きく
なる」という方法論だとわかった。

商売において「いかに儲けるか」以外の多様なベクトルが存在する
この街で行われているのは、ゴールのない駅伝のようなものだ。み
な粛々と次の代へバトンを渡していく。終わりがない以上は「勝ち
組」も「負け組」も存在しない。どれだけ儲けようが、「ええ仕事」
をしなければ認められない。これは実に豊かな価値観だと思うし、
その価値観が自分に合うからこそ、今日も京都で仕事をしている。
幸い、東京に行って満員電車に揺られるより、貧乏でも納得いく仕
事が京都でできるなら、そちらがいいという若者が増えている。大
学生を中心としたそんな若者の受け皿となって良質な仕事を続け、
東京一極集中、経済効率最優先の時代の中で、京都ならではの価値
観を守っていくことが自分の会社の役割だと考えている。
(讀賣新聞2008年3月14日付コラムより転載)



当社が必要としているのは、「いかに儲けるか」に興味のあるビジネス
マン志向の方ではありません。日本人としての誇りを持ち、国際的視野に
立って日本の魅力を理解し、その多くが京都にあることの意義を感じるこ
とのできる人です。

世の中の経済がグローバルになればなるほど、「ここにしかない」「ここ
にだけある」資産の重要性が高まってきます。京都で仕事をすることには、
とても大きなチャンスがあると思います。そのチャンスを信じられる方に、
ぜひエントリーしてほしいです。

2008.3

株式会社のぞみ 代表取締役 藤田功博

株式会社藤田功博

profile

藤田 功博(Takahiro Fujita)

1980年京都生まれ。京都大学経済学部卒。

在学中に「京都の街をより活性化する」ことを目標にのぞみを立ち上げ、現在に至る。2006年より立ち上げた関西若手経営者の会では代表理事を務める。

Blog 「京都で働く社長のブログ」